近年の山岳遭難で最大級といわれている、トムラウシ山の遭難事故。登山を行う方なら内容は知らなくても、聞いたことがあるという方がほとんどなのではないでしょうか。
2009年7月16日に起きたこの事故では10名の方が亡くなり、そのうちの8名は同じ登山ツアーに参加した方と引率した登山ガイドの方でした。
今回はそんな登山ツアー中に起きた痛ましい遭難事故の顛末を記載します。
この事故を他山の石とすることで、少しでも遭難事故のリスクを減らして、楽し登山を楽しみましょう。
登山と遭難は切っても切り離せない、登山を行う方ならだれにでも起こりえることです。
遭難について学ぶことで自分自身の遭難リスクをできるだけ小さくしよう
2009年7月16日 トムラウシ山遭難事故発生時の結末
この登山ツアーはスタッフ1名とガイド3名、ツアー客が15名の合計19人のパーティでした。
上記19人のうち8人が亡くなるという最悪の結末でした。
死亡の原因は全員が低体温症です。
7月なのに低体温症により亡くなるのは、山ならではでとても考えさせられます。
トムラウシ山の場所と登山の難易度
トムラウシ山は北海道のほぼ中心にあり、大雪山系の南部に位置する標高2,141mの山で、日本百名山の1つです。
北は旭川、西に富良野、南には帯広に囲まれています。
登山の難易度は高く、日帰りの場合は短縮コースを使っても片道8.5kmで高低差は1,550mあります。登りは約6時間、下り5時間ほどのコースタイムです。
日帰りでは健脚でないと難しく、途中でトラブルがあれば引き返すのも簡単でないことがわかります。
今回起きた遭難事故は2泊3日で縦走する予定になっていて、
移動距離 | 累積標高差 | 標高差 | |
7月14日(1日目) | 約12km | 1,154m | +388m |
7月15日(2日目) | 約16km | 648m | -295m |
7月16日(3日目) | 約16km | 651m | -1,042m |
合計 | 約44km | 2,453m | -949m |
となっていました。順調に歩けても毎日8時間~10時間は歩かなくてはならない行程です。小屋泊とはいえ2泊3日の荷物量なので、それなりに登山経験がないと難しいことがわかります。
とくに悪天候になれば、上記の距離を時間をかけて歩くのは、計画の段階でかなり難しいことがわかります。
ガイド、メンバーを含めて上記の認識が各人にあれば今回の事故は起きなかったかもしれません。
トムラウシ山遭難事故発生時の行動の流れ
トムラウシ山の遭難事故について時系列で記載していきます。
途中パーティがばらけたことにより、時系列がやや前後しますがご容赦ください。
- 7月13日 17:00 旭岳温泉 ガイド、ツアー客が集合。ガイドは天気予報を確認。14日は持つが、15日と16日は天気が崩れると予想
- 7月14日 5:50 旭岳温泉を出発し、旭岳ロープウェイで姿見駅に到着
- 7月14日 6:30 出発。ガイド、スタッフ計4名、メンバー15人の合計19名。旭岳まではガスがかかり、強風。
- 7月14日 9:00 旭岳山頂に予定通り到着。休憩。風が一時的に弱まる
- 7月14日 14:30 白雲岳避難小屋に到着。夕食を摂る。翌15日午後に寒冷前線が通過し天候が悪化しそうと認識。雷を避けるため、翌日は予定より30分早く出発することをガイド間で共有。18時過ぎに就寝開始。
- 7月15日 5:00 出発。天候は雨。縦走中の登山道はぬかるんでおり、時間をとられる。休憩は体を冷やさないよう立ち休みで5分程度。
- 7月15日 15:00 ヒサゴ沼避難小屋に到着。10時間行動と天候と登山道の状態の悪さによりメンバーには疲労があった。終日の悪天候によりザック内の装備や、身に着けている装備を濡らしているメンバーも。20時までに就寝。朝まで装備が乾くことはなかった。
- 7月16日 5:30 出発。天候が悪いので予定より30分出発を後らせる。10人用と4人用のテント各一張と炊事道具、燃料などの共同装備を後日来るパーティのために小屋にデポ。
- 7月16日 6:10 ヒサゴ沼分岐 雪渓あり ここでスタッフの1人はヒサゴ沼に戻る。この行動は予定通り。
- 7月16日 時間不明 天沼 強風のため岩陰で休憩。パーティがばらけはじめる。ガイドの1人がエスケープルート選択もあり得ると考えたが、天候は回復するだろうと思い選択をためらう。
- 7月16日 時間不明 日本庭園 休憩中に最後尾が追いつく。風が強く木道すらまともに歩けなくなる。パーティの足並みがさらにばらつく。
- 7月16日 8:30 ロックガーデン 体重の軽いメンバーは風に飛ばされ転倒し、全身があざだらけになる。四つ這いになり木道の端を持ち強風に耐える。足並みが乱れ、疲れで歩けなくなるメンバーが出る。
- 7月16日 10:00 北沼渡渉 風雨により北沼が氾濫。登山道に川となって流れており、ひざ下ほどの水深を渡渉。風が強くまともに歩けず、ガイドの一人が川で転倒。全身を濡らす。渡渉後に奇声を発するメンバーが出る。また、意識が薄れるメンバーも。ガイドの1人も様子がおかしく、もう一人のガイドが低体温症の症状じゃないかと疑う。ここで歩けないものが出たため、ガイドリーダーが残り見ることに。それによりパーティがばらける。
- 7月16日 10:30 北沼分岐 ここでガイドの一人がメンバーの2人がついてきていないことに気が付く。このあたりからパーティ全体がさらにばらけ始める。理由は歩行不可能者が出てきたため。
- 7月16日 11:30~12:00 1人のガイドと歩けないメンバー4名はビバーク。もう1人のガイドと歩行可能なメンバー10名の計11名で下山開始。下山開始後にパーティはさらにばらけ収拾がつかない状態に。ビバークするもの、歩けなくなりその場に座り込むものなど。
- 7月16日 14:00ごろ トムラウシ分岐 以降ガイドについてきたのは2名のみとなる。この時にはガイドも低体温症で判断力がなくなっている。ガイドは持っていた4人用テントを張ろうかと考えたが、その余力もなかったと回想している。
- 7月16日 15:54 前トム平 ガイドについて歩いていたメンバーに家族から携帯に電話が入る。ここで110番通報を依頼。ガイドが場所の説明などを試みるも低体温症でろれつが回らず。
- 7月16日 23:55 メンバーの2人がトムラウシ温泉に自力下山。
- 7月16日 17:00ごろ 捜索隊が15:54の110番通報を受けてヘリコプターで捜索を行うも、悪天候により断念。
- 7月16日 23:15 新得町が自衛隊へ救助要請
- 7月16日 12:00ごろ 北沼に残されたガイドはツェルトを張り、メンバーを寝かせる。奇声を発するメンバーが出る。
- 7月16日 16:38 ガイドは誰かいるかもしれない南沼キャンプ場に向かう。途中メールが通じ旅行会社に救助要請のメールをする。南沼キャンプ場にテントやガスコンロがデポしてありビバーク地点までこれらを運ぶ。(これらは現地で作業をする業者がデポしたものだった)
- 7月16日 18:00 ガイドはビバーク地点にもどりテントを張りガスコンロに火をつけ、毛布などを使い暖をとる。
- 7月16日 19:00~ ガイドは再び南沼キャンプ場に戻り、旅行会社へ電話。警察とも連絡を取る。暗くなっていたが、雨もやみ空も明るく月明りの中、再びビバーク地点に戻る。この日はこのまま17日の朝までテント内で過ごす。
- 7月17日 0:55 さらに2人がトムラウシ温泉に自力下山。
- 7月17日 4:00 明るくなり始める。風はなく晴れ。ビバーク地点のガイドが渡渉地点に戻りガイドリーダーとメンバー1人の様子を見に行くが2人とも亡くなっている。
- 7月17日 4:38~ 道警航空隊と自衛隊が捜索開始。これ以降、自力で下山するメンバーや、救助されるメンバー、亡くなったメンバーなどが発見される。
- 7月17日 10:30ごろ 最後のメンバーが発見される。
- 7月17日 12:00 すべての捜索活動を終了
捜索を開始して約6時間で、すべてのメンバーが発見されています。また、時系列にあるように、17日は風もなく晴れで、ビバーク地点で救助されたメンバーの一人は、『トムラウシ山に登ろうかと考えた』と回想しています。
トムラウシ山遭難事故発生時の原因
トムラウシ山遭難事故の結末は低体温症ですが、そこに至るまでの原因はいくつか指摘されています。その中でも最も大きな原因は、
・ガイドの判断ミスによる気象遭難
と言われています。
最大の判断ミスとしているのは、
・悪天候にもかかわらず、7月16日にヒサゴ沼避難小屋で停滞せずに、とりあえず出発してしまった
所とされています。翌日の17日は風もなく快晴で、もしここで1日停滞していればこの後に遭難することもなかったでしょう。
また、出発後もガイド3人の意思疎通がとれていたとは思えず、そのおかげでパーティーはバラバラになってしまいます。
結果的に悪天候にも関わらず、ツアー予定を優先させてしまうという判断ミスをしてしまったことになります。
登山は自然が相手。日程など人間の都合は後回しにすることも時には必要ですね
2002年にもトムラウシ山で遭難事故が発生
トムラウシ山ではこれまで記載してきた2009年の前、2002年7月11日前後にも同じような気象遭難事故が起きています。
2つのパーティーが台風により予定のルートを進めず、それぞれのパーティのうち1名ずつの計2名が低体温症で亡くなっています。
この時の情報や知識がガイドや参加者にあれば、2009年の遭難事故も起きなかったかもしれません。知識や情報の大切さを思い知らされます。
トムラウシ山遭難事故を受けて私達はどう対策すべきか
生還した1人の方が『何か1つが悪かったという事はない。小さなことが少しずつ積み重なってあのようなことになってしまった』と回想しています。登山をする際は小さなサインも見逃さず、常に何かトラブルの予兆かもしれない、と考えることが対策の第一歩かもしれませんね。
以下では、トムラウシ山で起きた遭難事故を踏まえて、具体的にどのような対策をとるべきかについて記載していきます。
低体温症への対策
トムラウシ山の遭難事故では低体温症への対策の重要性について思い知らされるものでした。
低体温症の対策は、
・体を濡らさないようにする
・防寒着を着る
・暖をとれるようにする
の3点しかありません。体を濡らさないようにするにはレインウェア、速乾性のウエアを着ることが効果的です。レインウエアと防寒着については後述しますが、速乾性のウェアは登山店に行けば、アンダーウェアから上着、ズボンなど多くラインナップされています。
それらを着ることで、万が一濡れても体温ですぐに乾いたり、濡れても体にウェアが張り付かず、体温の低下を防ぐことができます。
また暖をとれるようにするのも大切です。どんな時もバーナーやストーブを携行し、注意は必要ですがテント内や小屋内で使うことで暖房代わりにすることができ、濡れたウェアも乾かすことができます。また、お湯を沸かせば体内から体を温めることもできます。
その他に、夏でもカイロを持っていれば、簡単に体を温めることができます。
ツアー参加時に注意すべきこと
登山ツアーはとても便利で、利用している方も多いでしょう。
そんな便利な登山ツアーですが、いくつかの点を注意することで、より安全に登山ツアーを楽しむことができます。それは、
・ツアーの登山コースを事前に調べておく
・実際の日程よりも余裕を持った装備(食料やウェア)で臨む
・日ごろから登山経験を積んでおく
です。まずは、ツアーだからと言ってすべて旅行会社やガイドに任せるのではなく、自分ひとりで登山する場合を想定して登山コースや登る山の情報を調べるなど事前準備を行うことです。そうすれば安全にツアー登山を行えるだけでなく、心にも余裕が生まれてより登山ツアーを楽しむことができます。
次に装備に余裕を持ちましょう。食料を余分に持つことで、心にも余裕が生まれます。ウェアも少し余分に用意することで、急な温度低下や悪天候でも対応がしやすくなります。
3つ目は、なんといっても登山経験を積んでおくことが大切です。近くの低山や里山でも、とにかく山に登って体を作っておきましょう。
日ごろのトレーニングを行う場合、ウォーキングも行わないよりは良いですが、登山の運動強度と比べると軽いので効果は少ないです。
日ごろのトレーニングなら、できればジョギングを行おう。ジョギングは登山に近い運動強度だからです。
レインウェア、防寒着の必要性
レインウェアと防寒着は登山を行う上でとても大切です。どちらも必要がないと思われる天気や季節でも必ず持って登山に行きましょう。
レインウェアは使わなくても劣化していきます。5年を過ぎたら買い替えを検討するのもおすすめです。新しいモデルは軽くて小さく、着心地の良いモデルになっていることが多いからです。
また、しっかりと洗って防水スプレーをかけるなどメンテナンスも怠らないようにすると、いざというときに困ることもなくなります。
防寒着は夏でもフリースやダウン、化繊綿のジャンパーなどをザックに忍ばせておくのがおすすめ。特にダウンや化繊綿のジャケットは、収納すると軽くて小さいものが多くなっているので、持ち歩くのもあまり苦になりません。
備えあれば憂いなし。毎回使わないから持って行くのをやめようではなく、今回も使わずに済んで良かったな、と考えよう!
本記事の参考文献
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